2026/07/31 15:29
能登では、漆器は特別な日のためだけの道具ではありませんでした。
祝い事や祭りはもちろん、普段の食卓でも当たり前のように使われ、暮らしの中で少しずつ艶を増し、家族の時間を刻んでいく器でした。
今回ご紹介する輪島塗の四方膳と朱漆の大片口も、そんな暮らしの中からレスキューしてきた道具です。
四方膳は、私たちの住む中島町の名家より譲り受けたものです。お爺さまが茶人だったこともあり、家には数多くの茶道具や輪島塗が丁寧に残されていました。黒漆の静かな佇まいは料理や器を引き立て、茶席だけでなく日々の食卓でも活躍してきたことが伝わってきます。
一方、朱漆の大片口は、同じく中島町の代々続く名家からレスキューしたものです。そのお宅は地元商店街にあり、祭りの日には多くの人が集まり、とても賑わっていたそうです。人が集い、酒を酌み交わし、語り合う。その中心に、この大片口もあったのかもしれません。
特にこの大片口には、どこかプリミティブな魅力があります。無駄を削ぎ落とした力強い造形は、民藝の器とも、現代のプロダクトデザインとも重なる普遍的な美しさを感じさせます。用途を限定せず、酒器としてはもちろん、花を活けたり、空間に置くだけでも絵になります。
震災以降、私は能登に残された古道具をレスキューする活動を続けています。ただ「古い物を売る」のではなく、その土地でどのように使われ、人々の暮らしを支えてきたのかという背景も一緒に届けたいと思っています。
道具は使われなくなった時に役目を終えるのではなく、次の使い手へ渡ることで、また新しい時間を刻み始めます。
megurumeguruは、能登に残された物語が巡り続けることを願いながら、これからもそんな道具たちを届けていきます。
写真をさすところもお願いします。
この内容なら、ストーリーとして写真が「証拠」になる配置が良いです。商品写真を並べるのではなく、「道具の背景→道具→ディテール」という流れを意識すると、note・BASE・STORESのどれでも読みやすくなります。
輪島塗は、使われることで完成していく。
能登では、漆器は特別な日のためだけの道具ではありませんでした。
祝い事や祭りはもちろん、普段の食卓でも当たり前のように使われ、暮らしの中で少しずつ艶を増し、家族の時間を刻んでいく器でした。
今回ご紹介する輪島塗の四方膳と朱漆の大片口も、そんな暮らしの中からレスキューしてきた道具です。
四方膳は、私たちの住む中島町の名家より譲り受けたものです。お爺さまが茶人だったこともあり、家には数多くの茶道具や輪島塗が丁寧に残されていました。黒漆の静かな佇まいは料理や器を引き立て、茶席だけでなく日々の食卓でも活躍してきたことが伝わってきます。
漆器の魅力は、飾っておくことではなく使い続けることにあります。料理を受け止め、季節のしつらえを支えながら、少しずつ艶を深めていく。その変化もまた、輪島塗ならではの美しさです。
一方、朱漆の大片口は、同じく中島町の代々続く名家からレスキューしたものです。そのお宅は地元商店街にあり、祭りの日には多くの人が集まり、とても賑わっていたそうです。人が集い、酒を酌み交わし、語り合う。その中心に、この大片口もあったのかもしれません。
特にこの大片口には、どこかプリミティブな魅力があります。無駄を削ぎ落とした力強い造形は、民藝の器とも、現代のプロダクトデザインとも重なる普遍的な美しさを感じさせます。用途を限定せず、酒器としてはもちろん、花を活けたり、空間に置くだけでも絵になります。
震災以降、私は能登に残された古道具をレスキューする活動を続けています。ただ古い物を販売するのではなく、その土地でどのように使われ、人々の暮らしを支えてきたのかという背景も一緒に届けたいと思っています。
道具は使われなくなった時に役目を終えるのではなく、次の使い手へ渡ることで、また新しい時間を刻み始めます。
megurumeguruは、能登に残された物語が巡り続けることを願いながら、これからもそんな道具たちを届けていきます。
能登で古道具をレスキューしながら、ものつくりやデザイン、茶の湯について綴っています。今回は、中島町の名家から受け継いだ輪島塗の四方膳と大片口をご紹介しました。道具の美しさだけでなく、その土地で育まれた暮らしや物語も一緒に届けていけたらと思っています。よろしければフォローして、次回もお付き合いください。新しい記事は毎週更新しています。


