2026/09/09 11:34

1種類目は、吉野塗の鳳凰文木皿。
赤みを帯びた漆を基調に、黒や緑、黄、金彩を交えながら、器いっぱいに文様が描かれています。
なかでも惹かれたのが、中央に描かれた鳳凰です。
鳳凰という古くから伝わる吉祥文様でありながら、その姿はかなり抽象化され、どこかとぼけたような愛嬌があります。周囲には花や幾何学的な文様が配され、古典的な意匠でありながら、現代の絵を視ているような自由さも感じます。
もう1枚は、朱塗の草花文木皿。
こちらは一転して、鮮やかな朱の余白を大きく残し、黒や深い赤、金彩によって草花だけを大胆に描いています。
その色彩や伸びやかな文様には、琉球漆器の系譜を思わせるものがあります。装飾を重ねるのではなく、少ない要素によって器全体の景色をつくっているところも面白い。
2枚を並べてみると、漆器というものが決して「伝統的な器」というひと言では収まらないことに気づきます。
大胆な色、抽象化された生きもの、余白を生かした草花。
かつてこれらを描いた人たちも、受け継がれてきた技法や意匠のなかで、その時代なりの感覚を器へ落とし込んでいたのかもしれません。
そして漆器は、鑑賞するだけのものではなく、暮らしのなかで使い続けられてきた道具でもあります。
温かいものは冷めにくく、冷たいものは温まりにくい。少量の洗剤でも汚れを落としやすく、日々の器として使うことができます。そして使い続けるほどに少しずつ艶が増し、持ち主の暮らしとともに味わいを深めていきます。
一度は失われるかもしれなかった2枚の器。
古いものとして眺めるだけではなく、もう一度誰かの食卓へ戻り、そこから新しい時間を重ねていってくれたらと思います。
2点ともオンラインショップ、BASE/STORESにてご紹介しています。
