2026/09/21 18:40


今日は、能登に残されていた3点の器を紹介します。

時代や絵付けはそれぞれ違いますが、こうして並べてみると、器のなかに描かれた風景や人物、その余白の取り方にも違いがあります。

山水、竹林と人物。それぞれの器に描かれたものを辿ってみます。

最初は、住んでいる能登中島町で、解体寸前の建物からレスキューした6.5寸の輪花皿。

明治末から昭和初期頃につくられたと思われるもので、染付を基調に赤絵と金彩を加え、山々や松、家屋、水辺の風景が皿いっぱいに描かれています。

輪花にかたどられた口縁を濃い藍で締め、山の稜線や岩、建物などには細く金彩が引かれています。古伊万里の染錦に通じる装飾性を残しながら、どこか近代的な軽やかさも感じられる1客です。

明治末から昭和初期頃になると、伊万里や九谷をはじめ各地で互いの意匠や技法を取り入れた磁器がつくられており、この器も伊万里、九谷のいずれかに明確に断定するのが難しいものです。

産地を無理に限定せず、この時代ならではの染付、赤絵、金彩を組み合わせた器として紹介しています。

次は、能登の市場で仕入れた竹林賢人 8寸鉢。

幕末から明治期頃につくられたと思われ、すでに100年以上の時を経ています。

器の内側には、竹林のなかに人物を描いた竹林賢人の意匠。その上には太陽と空を飛ぶ鳥が配され、鉢いっぱいにひとつの風景が広がります。細い筆で描かれた竹や人物、染付の濃淡による表現も印象的です。

外側には幾何学的な連続文様を帯状に巡らせ、その間に丸文を配し、馬や竹林が描かれています。

江戸期の古伊万里から続く意匠が、明治へと時代が移るなかでも受け継がれていたことを感じさせる1客です。

最後は、志田皿 1尺輪花皿。

志田皿は、現在の佐賀県嬉野市塩田町周辺で、江戸時代後期を中心につくられた焼物です。大皿をはじめとする日用の器が多く、染付による大らかで勢いのある絵付けを特徴とします。

この1尺輪花皿にも、山や松、水辺に建つ庵などからなる山水が描かれています。

細部を埋め尽くすのではなく、1尺という大きな器面に余白を残しながら、呉須の濃淡と筆の勢いで景色をつくっています。裏面には簡潔な草花文が描かれ、表側とはまた違った軽やかさがあります。

器に描かれたものを辿っていると、その時代の人がどのような風景や意匠を器の上に残してきたのか、その違いが少しずつ伝わってきます。

産地や年代だけではなく、描かれているものをひとつずつ拾っていくことも、古い器を扱う愉しみのひとつです。